革の仕上げや縫製など全ての作業のベースとなる「鞣し」。その作業は残りの行程を考えて、早朝から行われます。FIVE WOODSの革の多くは、兵庫県南西部に位置する姫路のタンナーで鞣されたものを使用しています。
この地区は、江戸時代から「播州・龍野の『白靼革(しろなめしがわ)』と呼ばれた革の名産地で、今でも多くのタンナーが地域一丸となって良質な革を生産しています。
武家屋敷や姫路城など、多くの文化遺産が残る町並みは美しく、全国でも指折りの地酒や、そうめんの「揖保の糸」でも有名です。
この地域が、革の産地として発展した背景には、豊富な河川の存在があります。たくさんの水を使う革の鞣し作業は膨大な地下水を必要とするためです。
まだ日も明けきらない時間から、川沿いの鞣し工場には灯りがともり、たくさんの職人と、大きな機械が動き始めます。
私たちが使用する革の多くは植物性の材料で鞣す手法が用いられ、1枚の原皮を加工するのにおよそ30以上の工程を経てから乾燥されます。クロームという金属製薬品を使った鞣しよりも手間と時間はかかりますが、その分仕上げ加工や経年変化による風合いが豊かで味わい深いものになります。
そのレシピは私たちが理想とするイメージを革職人が汲み取り、独自解釈して調合するもので、数種類あるタンニン成分やオイルなどを季節や気温に合わせて使用しています。同じレシピや素材でも気温や湿度、原皮の状態などで仕上がりは変化してしまい、均一のクオリティを保つのは熟練の技が求められます。
植物性の鞣し革は「ウェットホワイト」と呼ばれ、自然乾燥された後、革の仕上げ加工へと移されます。
自然乾燥によって革の水分が70%ほど抜けると、艶やかな美しい革の表情が現れます。仕上げを行わない、いわゆる「ヌメ革」と呼ばれる状態は、生き物の存在感と加工製品の中間にある独特の美しさを放ちます。
この「なまものと加工製品の間」というのは、鞣し作業の間にも言えることで、まるで料理をするような繊細な調整が求められます。
鞣し作業は、「タイコ」と呼ばれる大きな樽の中に原皮と植物の抽出液を入れてかき回すことで染み込ませていきます。しかし、かき回されることで摩擦熱が発生し、抽出液の温度が上がってしまうと「炊き」と呼ばれる状態になり、革の風合いが飛んでしまうのです。そのため、内部の温度が60℃を超えないように常に樽を回す速度を調整しています。
こうして加工仕上げがしやすく、エイジングに耐えうる革が仕上がってくるのです。
FIVE WOODSの皮革は、姫路でタンニングされただけでは終わりません。大阪の仕上げ工場に運ばれ、最後のひと手間をかけ、私たちが目指すより革の風合いを楽しんでいただける素材へと磨き上げられます。
鞣された革の表情をより豊かにするため、アイロンで艶をどの程度出すか、天然の繊維構造による「地シボ」をどのように生かすか、革の表情である「トラ筋」をほぐすとどんな風合いになるのか。こうした作業は、いわば革のお化粧ともなる工程になります。
豊かな表情を生かし、エイジングによってさらに深みのある表情になることを想像しながら、職人の経験と腕が発揮されるのです。
姫路の鞣し工場と大阪の仕上げ加工工場は緊密な関係を築いています。 そのため、原皮のクオリティや鞣しの具合は姫路の工場に任せることで、最も美しい状態で上がってくるといいます。
とはいえ、天然の素材を使っているだけに、季節によってタンニンがアイロンの熱にどう反応するかはわかりません。
それを長年の経験から読み解き、自然の表情を最高に活かせるように塗料の具合や機械を調節します。
革の仕上げに使われる塗料は、「バインダー」と呼ばれる定着剤と染料の調合が重要になります。風合いを生かすためには定着剤の量を減らすべきなのですが、製品として色移りせず、
長い経年変化に耐えうるためにはある程度しっかりと染料が定着する必要もあります。
このさじ加減が実に難しく、天然素材だからこそ楽しめる変化なのです。
まさに、タンナーとの信頼関係があってこそ実現する、技の共演とも言えます。
素材と仕上げの組み合わせは無限にあり、その表現はデザイナーのイメージに合わせて変化していきます。
時には、デザイナーが全体のイメージを職人に相談することで、具体的な製品の雰囲気が決まることもあります。
逆に、職人が開発した新しい革からデザイナーがインスピレーションを受けることも。
「型押し」や「手汚し」など、実際に手を動かす職人にしかわからない微妙な違いを汲み取り、想像力を働かせることで新しい世界観が生まれるのです。
これは、お互いに数字などで厳格に表現できない世界。 デジタルのクリエイティブとは一味違う、ものづくりの醍醐味があります。 生き物の皮を加工することで、美しく頑丈な革へ変化させる作業は、豊かな想像力と確かな経験、積み重ねた技術があってこそ実現するのです。
FIVE WOODSの代表作として人気のダレスバッグは、昔ながらの製法を守り抜く職人の手によって、ほぼ全ての工程が手作業でひとつひとつ組み上げられていきます。
緩やかで優雅な曲線と複雑な構造で設計されているダレスバッグは、どれだけ工業化が進んでも自動では作れないと言われています。なぜなら、天然皮革は首、肩、お腹などの部位によって微妙に表情や性質が異なり、その組み合わせを想像しながら組立てる必要があるからです。
それぞれの革の特性に合わせて、ひとつずつ丁寧に作ることでこそ、良い鞄になるというのが私たちと作り手を繋げる共通の思い。手仕事の均一化・安定化を向上させるために現代の機材を取り入れつつ、昔ながらの熟練技術にこだわるのは、使い手にとって長く愛される鞄作りを真摯に目指すからこそなのです。
負担のかかる口金の接合や把手のパーツは、職人の世界で通称「17」と呼ばれる厚物専用のミシンで縫い上げられます。革同士がずれないように、パワーのあるミシンと太い針と糸でしっかりと縫い上げられます。そのステッチは整然とミの字状に並び、見た目に美しいだけでなく鞄全体の剛性を支え、持った時の体感重量を心地よくしてくれる効果もあるのです。
また「コバ」と呼ばれる革の裁ち端の部分は「鉋掛け(かんながけ)」が施されたり、バフィング機という高速回転の研磨機を用いて磨き上げられます。これは植物性のタンニンで鞣された弾力のある革だからこそできる仕上げ。一方で、弾力の強い革は、しっかり押さえ込んで縫い上げないと歪みが出てくることもあります。そうした歪みを調整しながら革の弾力を生かすことで、美しいフォルムが生まれるのです。その様子は、まるで木の特性を生かして家を建てる棟梁のようでもあります。
何代にも渡って継承された鉋やその他の道具には、伝統の技を支えてきた独特の存在感があります。
革製品は、完成してお客様の手元に届いたところが始まり。 そこから共に時間を過ごしていただくことで、世界で唯一の鞄へと変化を遂げるのです。この経年変化によるエイジングこそ、革製品を持つことの最大の魅力だと、FIVE WOODSは考えています。
革の鞣しから仕上げ加工、縫製・組み立てに至るまで、顔の見える作り手と真摯に向き合いながら作り上げる一つの鞄。大切な鞄だからこそ、何年、何十年という時間を共に楽しんでいただきたい。その一心で、美しく頑丈な作りを求め、FIVE WOODSの鞄は作られていきます。
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